心意雑感 

サイコロネットメールマガジンに掲載された、心に関する雑感です。

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No91〜No100

「職場のメンタルヘルス」      平成16年10月3日 第91号に掲載

 うつ病や適応障害などというメンタルヘルス障害が、今、企業の中で増えています。これは、リストラや能力主義、不景気による仕事量の増加・長時間労働、IT化など、企業で働く人にかかるストレスは昔に比べて比較にならないくらい大きくなっているためと考えられます。従来、心の問題は個人の責任によるものという考え方が強かったのですが、個人の責任にばかりしていられない状況が生まれています。メンタルヘルス障害に陥ると、作業能率が落ちるばかりでなく、治療のために長期間会社を休むことにもなり、本人も大変苦しむことになりますが、企業側にとっても大きな痛手となります。また、メンタルヘルス障害や過労による自殺が労災認定されるケースが増えてきているという問題もあります。

 9月15日の読売新聞夕刊に「うつ自殺、認定緩和 労災基準 負担や睡眠実態重視へ」という見出しで、過労によるうつが原因で自殺する人が急増する中、厚生労働省は、うつ自殺を労災認定する際の判断基準になる「心理的負荷評価表」を見直すことを決めたという記事が掲載されました。これは企業の中で、メンタルヘルス障害、つまりうつ病や適応障害などの心の病気を起こす人が増えており、企業側の安全配慮義務が厳しく問われるようになってきていることを意味しています。労災が認定されると、企業や管理者は過失責任を問われ、民事裁判においても多額の賠償金が請求されてしまいます。そのため、企業はメンタルヘルス対策に力を入れざるを得ない状況になりつつあるのです。

 厚生労働省の職場のメンタルヘルスに関する指針は、働く人が自らの心の健康を守るセルフケア、管理職がおこなうラインケア、事業場内産業保健スタッフによるケア、事業場外資源によるケアの四つを策定しています。そしてここ数年、企業におけるセルフケア、ラインケア研修が新しいビジネスとして動き始めてきています。メンタルヘルスの基礎的な知識とストレスの対処法、メンタルヘルス障害の早期発見と対処法などが研修内容ですが、カウンセリングマインドやカウンセリングスキルが大きく関わっているのは言うまでもありません。ただ、これらの研修はどこの企業でも行われているというものではありません。一部の余裕のある企業が、管理職対象のリスクマネジメントとして行っているにすぎません。多くの人は、まだまだ自分で勉強しなければならないようです。

 ストレスは企業の中だけでなく、家庭にも存在しますが、これこそ自己責任です。メンタルヘルス障害を起こしてから病院へ行ったり、カウンセリングを受けるというケースが多いのですが、治るまでに時間も費用もかかってしまいます。メンタルヘルス障害を起こさないという予防こそが一番大事です。そのためには、ストレスについて学び、ストレスを溜め込まない対処の仕方を身につけることが大切です。(佐々木)


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「ネット心中と自殺の背景」     平成16年10月18日 第92号に掲載

 前にも心意雑感で触れたことがありますが、このところネット心中が急増しています。10月12日にも、埼玉では男女7名が、神奈川では女性2名が車の中で自殺しているのが発見されました。いずれもネット心中ということで、テレビの報道番組で盛んにとりあげられており、コメンテーターのコメントや一般の方々の意見もたくさん聞くことができました。ネット心中を考える場合、インターネットと自殺という要素に大きく分けることができます。インターネットの要素については、その危険性を指摘するなど鋭い指摘も多いと思いますが、一方、自殺という要素に関しては、自殺者本人や止められない周囲の責任を問うものがほとんどで、なぜ自殺しようとするのかへの理解が非常に欠けているように思われます。そのため、ネット心中の予防に対するコメントにピントのずれが感じられます。 日本では自殺に対する研究があまり行われておらず、なかなか深い理解を得るのは難しいのですが、公表されているデータもあります。日本における自殺者の数は長い間、2万人台で推移していましたが、平成10年に3万人台を越え、それから連続6年間3万人台を保っています。そして昨年は、34,427人(警察庁調べ)で、過去最高を記録しました。この数字がどの位大きいかは交通事故の死者と比べてみるとよくわかります。交通事故の死者数は昭和45年度の16,765人がピークで、車の安全対策、道路の整備、取り締まりの強化などで年々減少を続けており、昨年度は初めて9,000人を割り、8,747人でした。つまり、自殺者数は交通事故の死者数とまったく逆の推移をたどり、昨年度はとうとう交通事故の死者のほぼ4倍にまで増えているのです。

 バブル崩壊後、過労死・過労による自殺が社会問題となり、企業の責任を問う裁判が多くなってきました。平成11年にようやく精神障害に関わる労災認定の判断基準ができましたが、この際、過労自殺の調査も進み、過労による自殺のほとんどが「うつ」による自殺であることがわかりました。しかし、そればかりでなく、自殺者全体の9割がやはり「うつ」が原因で自殺していることもわかってきたのです(厚生労働省の指摘)。

 うつ病になると、希死念慮(自殺願望)が生まれることはよく知られていますが、従来は治りかけに自殺が多いと言われていました。これは、うつ病は心のエネルギーが失われてしまう病気ですが、ひどい状態の時には自殺するだけのエネルギーもなく、回復してエネルギーが溜まったときに自殺してしまうケースが多く見られたからです。しかしこれは、病院へかかり、うつ病であることがわかっている人だから把握できていたに過ぎなかったのです。病院へかかる以前に自殺してしまった人は、実はうつ病であるかどうかはわかりません。そのために報告されなかっただけなのです。しかし、自殺者の自殺前の状況を調査してみると、明らかにうつ状態であることがわかってきたというわけです。つまり、まだ病院へ行っていない、うつ病になりはじめの人も多く自殺していることがわかってきたのです。

 このように考えると、ネット心中をする人のほとんどはうつ病にかかっていると考えなければなりません。とすると、希死念慮は病気が起こさせているのであり、本人の意思ではコントロールできないことになります。ここをしっかりと押さえておかないと、本人の責任を追及したり、周囲の人が止められないことを責めたりする愚を犯すことになります。彼らは心が疲労困憊している状態です。心の底からわき上がって来る、死にたくなる気持ちに耐えられなくなり、心のエネルギーを最も使わなくてすむネット心中に流れていくのだということを、まず理解しておくことが必要ではないでしょうか。(佐々木)


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「ストレスについて」     平成16年11月04日 第93号に掲載

 うつ病や適応障害、神経症などのいわゆるメンタルヘルス障害はストレスが原因と言われていますが、ストレスという言葉は広く普及しているものの、その本当の意味やメカニズムについては案外知られていないのではないでしょうか。私たちが悩みの相談を受けたり、心の病気に対して心理療法をおこなうとき、このストレスに対する知識は不可欠なものです。悩みの解決あるいは軽減ということは、このストレスにどのように対応してもらうかということでもあるからです。

 ストレスとは、元々は物理学で使われていた用語で、物体に力が加わって緊張状態にあることを指します。力によって破壊されないように、耐えている状態を言うわけです。同じように、人間の肉体や精神に外部から何らかの刺激が加わって、それに耐えている状態をストレス状態と言います。受験に失敗したり、失恋したりすると、私たちはストレス状態になります。このとき、ストレスを感じたあるいはストレスを受けていると表現するわけです。ストレスの原因になっている受験の失敗や失恋をストレッサーといいますが、このストレッサーによってつぶされてしまわないように、肉体的、精神的に変化が生じます。これがストレス反応です。

 今年はクマが人里に降りてきて人間を襲うという事件が頻繁に起こりましたが、襲われた人はびっくりしたことでしょう。このような時、人間は本能的にどう対応するでしょうか。人間は知恵がありますから、様々な方法を考え出すかもしれませんが、一般的に弱肉強食の自然界の中で敵に襲われたら、一目散に逃げるか、逃げられなければ戦って敵を撃退するしか生き延びるすべはありません。躊躇して反応が遅れれば命を落とすことになるのです。そのため、人間の肉体と心は瞬間的に生き延びるための準備をします。これがストレス反応なのです。

 心臓の鼓動と呼吸を早め、筋肉や脳に血液と酸素を送りやすくします。胃や腸の活動を止め、筋肉や脳に血液をより多く供給しようとします。汗をかいて、体温上昇に予め備えます。皮膚の毛細血管を収縮して攻撃されても出血しにくくします。そのため、顔が青くなります。出血に備え、血液が凝固しやすい成分が増えます。血がどろどろになりますので、血圧を上げて血液を送り出そうとします。痛みを感じないようにモルヒネに似た成分を分泌します。等々、肉体は逃げたり戦ったりするためのあらゆる準備をするわけです。同時に不安感や恐怖心あるいは怒りの感情がわき上がってきますが、これらの感情は逃げ出したり、敵を攻撃するのに役立ちます。これらのストレス反応は内分泌系や自律神経系によって自動的に指令が出されます。

 このようなストレス反応は、生物が生命の脅威にさらされたときに、生き延びていくために身につけた適応反応なのです。ところが受験に失敗したときや失恋したときも、まったく同じ反応が起きてしまうのです。逃げたり戦ったりする必要がない場合であっても、心臓がドキドキしたり、呼吸が荒くなったり、顔が真っ青になってしまうのです。ここには「認知」というメカニズムが関わっています。受験の失敗や失恋を自分自身の存在を脅かす脅威と一瞬のうちに判断するメカニズムがあるからこそ、ストレス反応が起きるのです。受験に失敗したから自分は生きていく価値がない、などという思いを強く持っている人は、このストレス反応が強く起こります。脅威と感じる度合いが強ければ強いほど、ストレス反応が強く起こってしまうのです。いわゆる認知の歪みが無用なストレス反応を引き起こしてしまうのです。

 メンタルヘルス障害になってしまう人や悩みの相談をしてくる人には、必ずと言っていいほど大きな認知の歪みがみられます。認知の歪みそのものは誰でも持っているのですが、その歪みが大きすぎるのです。カウンセリングや心理療法には、直接的・間接的にこの認知の歪みを矯正しようとするものが多くあります。認知の歪みを矯正しない限り、同じできごと、同じ状況があれば常に強いストレス反応が起きることになってしまいます。(佐々木)


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「ストレスについて2」      平成16年11月19日 第94号に掲載

 前回ご説明したようにストレス状態になると、心拍数・呼吸数の増加、血圧の上昇、胃腸の活動停止、毛細血管の収縮、発汗、血液が固まりやすくなるなどの反応が起こります。従って、ストレス状態が長く続いたり、強いストレス状態になると、肉体的に様々な影響が現れます。また、不安、怒りなどのマイナス感情が心のエネルギーレベルを下げますので、心理的にも影響が現れてきます。肉体的な病気として、高血圧、ぜんそく、脳卒中、胃潰瘍、冷え性、肩凝りなど、心理的な病気として、うつ病、適応障害、パニック障害など、本人の肉体的・心理的に弱い部分に症状が現れてしまうのも容易に理解できると思います。

 症状が出ていれば、内服薬や外用薬によって症状を抑えることも必要なことですが、これは対症療法であり、本質的な解決になっていないことが理解できると思います。本質的な対処は、ストレス反応を減らすことです。そのためにはストレスの原因となっているものに働きかけてストレッサーを減らす方法とストレッサーに対する受け止め方、すなわち認知の歪みを減らす方法が考えられます。
 
 人間関係がストレスになっているとすれば、相手に対してストレスになるような行動をやめてもらう、自分の都合のいいように動いてもらうということが一つ考えられるわけですが、実際には相手を動かすのは容易なことではありません。ストレスの原因となっているものに働きかけてストレッサーを減らす方法は、有効なのですが、うまくいかない場合も多いのです。努力しても、必ずしも成功するとは限らないのです。これに対して、認知の歪みを減らす方法は、自分だけの問題ですから、努力次第でいつでもストレスを受けにくい自分に変身することができます。

 心理療法(セラピー)としての論理療法あるいは認知行動療法は、うつ病の治療法として知られていますが、認知の歪みを直接的に減らす方法ですから、心理的な病気だけでなく、ストレスが原因で起きているあらゆる肉体的な病気にも有効で、本質的な治療法と言えます。うつ病の場合には、ひどい状態のときには適用するのが困難なのですが、肉体的な症状だけの場合にはそのようなことがありませんから、むしろ、肉体的な症状のみの場合にも積極的に活用して欲しい治療方法と言えるのではないでしょうか。
 
 例えば、嫌な上司が怒ってばかりいることがストレスになっているという場合、「上司は私が不快に感じるような怒り方をすべきでない」という考え方を持っているかもしれません。この考え方が不合理なマイナス思考であることを理解し、「上司には私が不快に感じるような怒り方をして欲しくないが、必ずしもその通りにしてくれるとは限らない」という合理的な考え方に改めるというのが、認知行動療法の考え方です。

 このような合理的な考え方を身につけることは、カウンセリングをおこなう側としてもぜひ身につけておかなければならない基本的な姿勢です。エンカウンターがカウンセラーのための必須の体験学習になっているのは、この合理的な信念が身に付くためではないでしょうか。(佐々木)


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「心は科学で説明できるか?」   平成16年12月05日 第95号に掲載

 心や意識とは何かということを定義しようとしてもなかなか簡単ではありません。考えれば考えるほどわからなくなります。17世紀の哲学者デカルトは、心と身体は別物で、自然科学では解明できないとする二元論を唱えましたが、今でも心は自然科学の現象として説明できるはずがないと考えている人も多いことでしょう。しかしながら、現代の脳科学者の多くはこれを誤りとしています。

 ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「21世紀の創造」の科学フォーラム東京で1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進氏は、「人間を本当の意味で科学的に知るには、心や精神がどんな法則で成り立っているかを理解しなければならない」と「心は科学で説明できる」という立場から基調講演をおこないました。私もこの考え方を支持する一人ですが、確かに、記憶や感情を司る脳の仕組みが解明されつつあり、心の働きは脳という物理的な存在を無視しては成り立たないことは明らかです。恋愛感情は理屈ではないとはよく言われますが、好き嫌いは脳の扁桃核の電気刺激でコントロールできますし、快楽や至福感でさえ、脳の刺激で得られることが実験的にわかっています。

 脳の働きはまだ十分にわかっていませんが、将来、脳の解明が進めば、人間のあらゆる行動は脳の働きとして説明できるようになるでしょう。人間の感情を思いのままにコントロールすることはもちろん、現在では治療困難なあるゆる心の病気も治療可能になるでしょう。しかしながら、これで心が解明されたことになるわけではありません。ロボットのコントローラーが解析されたというだけなのです。どのスイッチを押せばロボットがどのように動くかということがわかっただけで、どのようにしてスイッチが押されるのか、誰がスイッチを押しているのかということは依然としてわからないのです。

 それを理解するヒントは、同じフォーラムでの、1973年にノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈氏の基調講演にあります。氏は二十世紀科学の大きな成果として、原子構造の解明、生物の遺伝子という対象を細かい要素に分けて分析する「還元論」と、その反対に、要素の集まりからなるシステムの特性を研究する「全体論」をあげ、今世紀は全体論の重要性が増すとしています。音楽に例えると、個々の楽器よりオーケストラの響きに注目するということです。

 つまり、脳の神経細胞の一つひとつの役割を理解することも必要であるけれど、それが多数集まったときに、お互いがどのように協調して全体としての働きをしているのかを理解することが必要なわけです。異性を好きになる脳の神経細胞はわかっていますので、特定な異性を好きになるためにはその神経細胞が興奮しさえすればよいということが理屈では言えますが、実際に好きになるかどうかは、一千億個以上もの神経細胞のネットワークがどのように働くかにかかっています。それは複雑過ぎてとうてい数式で表すことはできないでしょう。ただ、それは理解できないということを意味するものではありません。還元論的な理解の仕方では難しいということであり、全体論的な新しい理解の仕方で可能になるということです。

 ここで「心は科学で説明できるか」という疑問に立ち戻って考えてみると、科学は現象を理解するための方法であり、不確定性原理のように自ら確定できないという限界があることを含めて、あらゆる現象にアプローチすることが可能だと私には思えます。「科学では説明できないことがある」と考えるのは、科学的な態度ではなく、別な体系での考え方をしているだけなのです。利根川進氏は講演の中で、「今世紀は、これまで哲学や心理学などの人文科学や社会科学の対象だったテーマが、自然科学と融合してく時代」と述べています。逆に、脳神経のネットワークを社会学的に考えるという発想があっても良いのではないでしょうか。このように考えると、まさに21世紀は心の時代ではないでしょうか。
(佐々木)


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「自己一致」        平成16年12月19日 第96号に掲載

 ロジャースの理論によれば、「パーソナリティー変化の必要にして十分な条件」の一つとして、カウンセラーは自己一致していることが求められています。自己一致とは、自己概念と有機体的経験の一致ということですが、この概念によって作られた自己と有機体としての経験による自己とが一致しないために悩みが生ずると考えられており、カウンセリングやセラピーは不一致の状態から自己一致へと変化するのを助けることにほかなりません。カウンセリングを学ぶということも、この自己一致ということが一つの目標となっています。
 
 自己一致が必要だとしても、不一致の状態から自己一致の状態になるのは容易なことではありません。一体、概念によって作られた自己や有機体としての経験による自己とは何であり、どこにあるのでしょうか? 私たちは、自分を見失ってしまうことがありますし、自分探しなどというように、本当の自分はもっと別なところにあると感じこともあります。一致すべき自己がどこにあるのかわからなければ、いくら自己一致を目指しても、何をどうすれば良いのかわからないことになります。

 概念によって作られた自己とは、自分はこのような人間であるという思いが集まってできています。「私は○○である。」という文章完成法によって、自己概念を知るワークがありますが、言葉にならないイメージによる概念もたくさんあります。自分では気づけない自己概念もたくさんあり、グループワークなどをおこなって、他者との関わりの中で気づきが得られることも多いものです。カウンセリングを受けるということも、他者との関わりに他なりませんから、今まで気づけなかった自己概念に気づくことができます。

 一方、有機体としての経験による自己とは、例えば、誰かからひどいことを言われたときに、顔面が紅潮し、汗をかき、手を握りしめ、心臓がドキドキしながら、早口で言い返すなどという無意識の反応をしている自己のことです。この自己は、「概念による自己」とは明らかに違っています。「私は他人からひどいことを言われたからといってカッとなるような人間ではない。」という自己概念を持っていて、怒っているつもりがなかったとしても、これとは関係なくこのような反応が起こるときには起こります。自分では感じなくとも、第三者から見ると明らかに怒っているように見えるのです。

 これは心理学では教えていないのですが、心は脳の働きであるということを考えると、概念による自己とは、思考をコントロールしている大脳新皮質の働きであり、有機体としての経験による自己とは、ホルモン、自律神経、本能などをコントロールしている大脳新皮質以外の脳(大脳辺縁系、大脳基底核、脳幹、小脳、視床下部、脳下垂体など)の働きと言えます。言葉を変えれば、自己概念とは「人間としての脳(他の動物にはない、人間を人間たらしめる脳)」の働きであり、有機体としての経験とは「生物としての脳、動物としての脳(生物や動物に共通する脳)」の働きということになります。ごく簡単に言えば、自己一致とは人間脳と動物脳の働きの一致ということになります。

 煩悩は、動物脳の働きである本能的な欲望と人間脳の働きである崇高な願望のギャップから生まれます。煩悩をなくすために、本能的な欲望を鎮め、崇高な願望に近づけようと修行をおこなうのも一つの道かもしれませんが、本能的な欲望は認めた上での人間としての崇高な願望を持つのも一つの方法です。

 悩みの克服のためには、まず自分自身の人間脳の働き、動物脳の働きがどのようになっているのかを知り、それを事実として受け入れるところから始めなければなりません。自分自身の意識的な思い、無意識的な反応を否定している限り、悩みは続いてしまいます。(佐々木)


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「無意識ということ」      平成17年01月04日 第97号に掲載

 フロイトが無意識の概念を提唱してから110年になりますが、今や無意識あるいは潜在意識という言葉は日常語となり、その存在を否定する人はいないのではないでしょうか。水に浮いた氷河のように、意識は水面からほんのわずか顔を出しており、水面下には無意識の世界が大きく広がっている、こんな説明を聞いたことがある人も多いと思います。このように考えると様々な現象を説明できますので、心の構造はこのようになっていると信じている人も多いかもしれません。しかしながら、心とはこのような構造をしていると信じ込んでしまうと危険です。あくまでも、ある現象を説明するために考えられたモデルなのです。原子核の周りを電子がブンブンと飛び回っているという原子構造のモデルと同じで、実際にそうなっているかどうかということは別問題です。心そのものが一つの概念ですから、心の構造も概念上存在しているだけなのです。

 実際に物質として存在しているのは、たくさんの脳細胞だけです。そしてどの脳細胞が興奮するかで様々な心の働きとなるわけです。どの脳細胞がどのような働きを受け持っているかはある程度解明されつつありますが、その仕組みは非常に複雑で、心全体のモデルはできていないのが現状です。ましてや無意識の世界がどのような仕組みになっているのかは物理的にほとんど解明されていません。ただ、脳細胞の働きを考えるとある程度想像することができます。

 脳細胞は細胞同士が情報を交換しながら多数決で結論を出すのですが、それが階層構造を形成しています。ちょうど国が政策を決定するのに、国民全体がまず市町村レベルでYESかNOかの投票をおこなって多数決で市町村としての結論を出し、次にその結論を都道府県レベルに持ち寄って多数決で都道府県の結論を出し、都道府県の多数決で最終的に国の政策とするような形です。国民全体が政策の決定に関与しますが、国民投票で国の政策を決めるという形ではないのです。この国の政策が、私たちが意識として感じられる一要素です。都道府県以下のレベルでのできごとは、私たちは知ることができません。つまり、無意識のできごとなのです。意識と無意識は別々の世界なのではなく、意識は無意識全体に支えられた結論と言うことができます。

 怒りを抑圧しているケースをこの説で説明すれば次のようになります。すなわち、日本国が攻撃されるなどのできごとがあって、国民の多くが怒ります。市町村、都道府県、国の議決を経て、政府は敵に反撃しようとします。これが怒りを相手にぶつけようとしている状態です。しかしながら、アメリカが日本政府に内政干渉して日本は敵への反撃を思いとどまってしまいます。これは、怒ってはならないなどという意識が働いて、いわゆる我慢している状態です。

 アメリカの内政干渉は日本政府にではなく、いくつかの都道府県に対しておこなわれるかもしれません。その結果、多数決が逆転して国の政策としては敵に反撃しないことになってしまうかもしれません。これは、本人は我慢している意識がありませんが、自然に抑圧されてしまっている状態です。さらに、ワシントン州政府が都道府県に対して圧力をかけることも考えられます。こうなると原因がわからないうちに結果だけが抑えられてしまうという完全な抑圧状態です。

 このような抑圧状態は、国民の怒りがおさまっているわけではありませんので不満はどんどん高まっていきます。不満の圧力が高まり過ぎて爆発することも起こります。最初から敵に反撃していれば国民の不満は高まることがありませんが、国際的に反撃が許されない場合もあるでしょう。そのときは、もし国民一人ひとりが敵への攻撃ではなく、別の方法を選ぶように意識が変われば国民が不満を持つこともありません。カウンセリングやセラピーはこの状態を目指していると考えられないでしょうか。少なくとも、意識レベルではなく、無意識レベルへの働きかけをしているということは言えるのではないでしょうか。(佐々木)


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「セミリタイア」       平成17年01月20日 第98号に掲載

 最近セミリタイアというのがブームになりだしているのだそうです。定年後にリタイアするというのは当然のことですが、定年前に仕事を辞めて自分の好きなことで生活を楽しもうというのです。かくいう私も定年前に会社を辞め、好きなことをしているのですから、はたから見たらセミリタイアをしているということになるのでしょう。

 セミリタイアが仕事をせずに遊んで暮らすということなのかどうかはよくわかりませんが、「人生とは働くことだ」という従来の価値観に対して、「人生とは楽しむものだ」という価値観の上に成り立っていることは確かでしょう。お金が有り余っているのなら遊んで暮らしてもいいし、足りないのなら足りない分だけ働けばいいという考え方です。定年まで会社を勤め上げるのが常識である勤勉な日本人にとって、今まで考えられなかった価値観です。これは個人主義的な考え方であり、欧米では日本よりもずっとポピュラーな考え方です。

 日本では、昔から家のため、会社のため、国のために働くのが当たり前でしたが、これは農耕民族ゆえ勝手な行動が許されなかったことが根底にあるからでしょう。村社会の中で生かされ、村のために行動してきたのですから、個人の自由や権利の意識は希薄でした。それ故、家や社会の目の届かないところで個人の自由を謳歌しようと、隠れてタバコを吸ったり、旅の恥はかき捨てなどということが生まれます。

 個人主義というと何か勝手なことをしても許されるというイメージがありますが、決してそうではありません。個人主義では、一個人の自由が尊重されるだけでなく、すべての個人の自由が尊重されますので、必然的に個人同士の自由のぶつかり合い、限界という観念が生まれます。個人は社会から尊重される代わりに、個人は一人ひとりが社会を支えているという自覚が必要になるのです。個人がまず存在し、個人が他人を認めるという延長線上に社会が生まれるという考え方です。

 私がセミリタイアという言葉に心を動かされたのは、人間性心理学の流れを汲むカウンセリングが、この個人主義の哲学の上に立脚しているからです。今から思えば、エンカウンターでファシリテータから介入されたときは、決まって目の前の個人あるいは自分自身という個人を大切にしていなかったときだったと思うのです。これは今でも同じことですが...逆に、目の前の個人を大切にすれば、必然的に話しを聴き、受け容れるという態度が生まれます。何も特別なことではないのです。これがカウンセリングにおける基本的な態度だと思うのです。私がカウンセリングの道にすんなり入って来られたのは、まさにこの哲学が根底にあって、私の生き方と一致していたからだと思うのです。

 いつまでも親の価値観や社会の価値観で生きていることへの反省から、自分自身の価値観を見いだし、それを実践する、その一つの生き方としてセミリタイアがあるのだと思います。今までの価値観に足りなかった個人の尊重ということに目が向け始められてきた、そんなふうに思います。(佐々木)


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「ストレスの対処法:アンケートの結果から」平成17年02月03日 第99号に掲載

 ストレスについてのアンケートをおこない、みなさんがどのような対処法を持っているかとても興味深い結果が得られましたのでご紹介します。質問事項は、日頃ストレスを感じているかいないかということと、その解消法としてどのようなことをしているかという簡単なもので、817件の回答がありました。

 日頃ストレスを感じているかという質問に対して、618人がYESと回答しています。これは全体の76%に当たりますので、かなりの割合の人がストレスを感じているということになります。本来、ストレス反応はすべての人が持っている自己防衛機能です。それを自覚する人が多いということは、ストレスの概念が一般化してきたということもあるかもしれませんが、実際にストレスを感じさせるような状況が増えているということは間違いないことでしょう。

 ストレスの対処法(解消法)については、「寝る、睡眠(122人)」「スポーツ、身体を動かす(110人)」「カラオケ、歌を唄う(96人)」がダントツで、以下「おいしいもの、好きなものを食べる」「温泉、風呂に入る」「好きな音楽を聴く」「おしゃべり、愚痴る」「ショッピング」「酒を飲む」「趣味に没頭する」「映画、演劇、テレビなどの鑑賞」「散歩」「読書」「ゲーム」「インターネット」「ペットや子供と遊ぶ」「ドライブ」と続きます。

 「寝る、睡眠」については、一晩ぐっすり眠れば、前日の嫌なできごとの記憶が薄れたり、忘れてしまったり、ということを経験することができます。実際、記憶の整理が睡眠中におこなわれていることや、ある種のホルモンが睡眠中に分泌されて、身体や心の回復がはかられることが知られています。睡眠は最も手軽で誰にでもできるストレス対処法です。

 「スポーツ、身体を動かす」は、身体を適度に動かすことで、ストレスによって固くなった身体の筋肉をほぐしたり、滞った血液の循環を良くします。また、終わったあとの爽快感は、落ち込んだ気分を和らげてくれます。ただし、嫌々やったり、競い合って負けたりすると、ストレス解消どころか返ってストレスになってしまうことがあります。ストレス解消のためにスポーツをするときは、楽しく、適度にやるのが良いですね。「温泉、風呂に入る」「散歩」「ヨガ、整体、マッサージ」というのも似たような効果があります。

 「カラオケ、歌を唄う」は、好きなことをする(歌を唄う、曲を聴く)、大声を出す、友達と遊ぶなどという要素が含まれています。「好きなことをする」という要素は、「好きな音楽を聴く」「趣味に没頭する」「映画、演劇、テレビなどの鑑賞」「読書」「ゲーム」「インターネット」など様々な対処法にも含まれています。好きなことをすれば、それだけで満足感が得られます。「友達と遊ぶ」
という要素も周囲の人から支えられている感覚が得られ、安心感・安定感につながります。「大声を出す」というのは、感情の発散ですが、マイナスの感情が抑圧されると、いつか爆発することがありますので、早めに吐き出しておいた方が良いですね。「泣く」「笑う」というのもありましたが、「泣く」ことは、涙によってストレスホルモンを体外に排出する働きがありますし、「笑う」ことは、ストレスとまったく反対の働きをすることが知られています。

 「おいしいもの、好きなものを食べる」と幸福感が得られますが、これは脳からベータエンドルフィンなどの脳内麻薬が分泌されることによります。満たされない恋の代償行為として過食がありますが、脳の食欲を感じる部分と性欲を感じる部分が近い場所にあるので、食欲が満たされると同時に一部性欲も満たされたように感じてしまうのです。ストレス解消法はこの幸福感、至福感が大事です。このようなプラスの感覚によってマイナスの感情を打ち消すのが、一つのストレス対処法になります。(佐々木)


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「100号記念 世話人からのメッセージ」平成17年02月18日 第100号に掲載 

100号という回数も凄いが、メルマガ毎号毎号の中身が読む人に及ぼした貢献は計り知れぬ程大きく、ただ感嘆するしかありません。心理学校で同窓というご縁がサイコロネットに続き、世話人とは名のみで些かの貢献もない私らも、常々、こんな貴重な学識や情報に接し得るのは、望外の果報です。この機会に、深く厚く感謝を申します。

我々が生きて行く過程で様々な不如意に出会うとき、傍らから寄せられる的確な、誠意ある言葉くらい心強いものはないでしょう。体験や学究の成果だけでなく、発信者の温かいお心が土台になっているから、尊いです。

私が関わる「配偶者を失った人たちの会・気ままサロン」の会報「これから」は、今、4年目で23号を編集中、メールクラブの交信は1年半で、この2月、1,000回に達しました。 ホームページURL:http://www.aa.bb-east.ne.jp/~sukkoisいずれも、仲間とともに形成した数ですが、サイコロネットメールマガジンの100号には遠く及びません。

微力ながら、私はサイコロネットと双方向的な結びつきを今後もずっと持ち続けたいと思います。つまり、心と心が繋がるネットの網目の一つでありたいのです。101号以降も、サイコロネットの志がネット上に広く長く伝わって行くことを、熱い声援とともに強く願っています。

佐藤 匡男
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サイコロネットがもう5年目を迎えるのですね。世話人の一人とはとても呼べるようなことをして来なかった私としては何とも複雑な心境で.....何もかも佐々木さんにオンブに抱っこで。4年間休みもなく続けてこれたというのは本当にスゴイことだと思います。

4年前と比べてみて私自身は少々の老化?は別として人間的に成長したとか変化したとかいう自覚はないのですが家族構成には大きな変化がありました。
二人の息子たちはそれぞれ家庭を持ち私は主人とワンコたちとの優雅でちょっぴり退屈な毎日が待っているはずでした。それが次々と難問奇問が出てくるわ出てくるわ.....それに加えて親の介護の問題も深刻化してきました。ごくごく狭い意味での対人関係のむずかしさも味わいました。

ごく最近も世間的にみると我が家はかなり深刻な状況にありました。でも私がめげずくじけずマイペ−スを保ってこれたのは生来の性格に加えて家族や友人に恵まれていたからでしょう。月1回の目白での学習会への出席もままならない状態でしたが目白での貴重な時間は私にとってとてもとても大切な時間、空間なのです。

カウンセラ−としての資質の向上はもちろん大事ですが心休まる中にも緊張感のある時間を過ごした後の解放感と充実感、私はとっても気に入っています。人の話を聴く事のむずかしさは毎回感じることですが、でも聴いてもらえた嬉しさをもっと多くの人に知ってもらいたいです。自分の「生きられる場所」を見つけられず悶々としている人たちが気軽に立ち寄って話を聴いてもらえる サイコロネットがそんな場にもなっていけたらいいなと思っています。

最後になりましたが、佐々木さん 本当にいつもありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願い致します。

坂巻
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サイコロネット メールマガジン100号発刊 おめでとうございます。

『面倒くさいことは後回しにしようとする心理が働いてしまうので、期限を決めて自分自身を追い込むというのも一つの方法のようです。』と、この100号に至るまで、毎号継続に努め、編集、 発刊に ご尽力されている 佐々木さん。本当にお疲れ様でした。

心意雑感。勉強させていただいてます。
これからも、サイコロネットの 活動、発展の為、発刊の継続、お願い致します。

及ばずながら、かなりの微力で、申し訳ありませんが、応援させていただきたいと、思いますので、よろしくお願いします。

佐々木さんに、改めて感謝申し上げ 100号発刊 の祝辞と させていただきます。

小野陽子


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