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サイコロネットメールマガジンに掲載された、心に関する雑感です。
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No21〜No30
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「サブリミナル効果のウソ」 H13年11月1日 第21号に掲載
私が心理学に興味を持ったのは、30年以上も前、初めて催眠術の本を手にしたときのことです。その本に次のようなことが書かれていました。
「1956年のある日、アメリカのある映画館で有名な実験がおこなわれました。上映されている映画のスクリーンに一瞬、『コーラを飲みたまえ』という文字と『ポップコーンを食べたまえ』という文字がフラッシュされ、観客はその文字に気づくことはなかったのですが、その日のコーラの売り上げは2割、ポップコーンの売り上げは5割も売り上げが伸びたそうです。これが有名なサブリミナル効果で、アメリカでは広告にサブリミナル手法を使うことを法律で禁止しています。」
その本は、潜在意識の力のすごさを説き、催眠術はこの潜在意識に働きかけるのだと説いていました。私は「潜在意識の力はすごいものだなあ」と思い、その後、睡眠学習やサジェストペディアを研究するきっかけとなりました。
みなさんの中にもこのエピソードを知っている人は多いと思います。今でも、このエピソードを引用している心理学関係の本を見かけますし、最近ではオーム事件をきっかけにサブリミナル騒動が起こりましたね。TBSと日本テレビが番組に麻原彰晃の顔を挟み込みサブリミナル効果を狙ったと非難し合い、新聞にも報道されました。それにサブリミナル効果をうたった癒し系CDも多数販売されていますね。
ところが、アメリカのサブリミナル実験はまったくのでっち上げだったことが後に判明しました。映画館の実験を行ったという広告業者が、1962年、広告雑誌のインタビューに答え、「あの実験は顧客を増やそうとした作り話だった」と告白しましたが、こちらの方はあまり知られることがなく、映画館の実験が一人歩きし、今でも都合がいいように利用されているのです。
1960年、日本心理学会の研究報告で、サブリミナル効果を支持するに足る十分
な証拠を見いだせないと発表されています。その後の研究でも、否定的な結果の
方が多く出ています。私自身の体験から言っても、サブリミナル効果は行動レベ
ルへの影響はほとんどないと思っています。
ネス湖のネッシーやミステリー・サークル、妖精の写真は作り話であったと犯人が名乗り出て、新聞でもきちんと報道されていますし、アダムスキー形のUFOは作り物であることが研究者の中では常識となっていますが、一度流れてしまった情報はなかなか訂正が効かず、いまでも実在すると信じている人もいることでしょうね。みなさんはいかがですか。
心理学の本にも誤ったことが書かれていることがあるという教訓でした。
(佐々木)
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「聴くことについて」 H13年11月16日 第22号に掲載
前回の学習会のテーマも「聴くことについて」ということで、いかに聴くことが大事なことなのかは、皆さんも十分理解していると思いますが、私なりに理解していることをまとめてみたいと思います。
聴くということは、ただ言葉の内容を聞くだけでなく、言葉にまつわる感情も理解すること、つまり、心を込めて聞くということですね。聴という文字を分解して「心の耳と目をプラス(十)して聞く」とは、いのちの電話の研修で教えていただいたことですが、言い得て妙です。
私たちは、日常の会話の中で、相手から得ている情報はどれほどのものでしょ
うか。言葉の持つ表面的な意味や、怒り・喜びといった大きな感情はわかります
が、言葉の持つ裏の意味、押し殺した感情はなかなか気づくことができません。
人によって感受性は異なりますが、エンカウンターや様々な体験学習によって初
めて気づくことも多いものです。
カウンセリング(面談)というのは、カウンセラーとクライエントが時間と場所を共有する人間関係ですが、このとき、言葉はもちろん、ノンバーバルなコミュニケーションも大変重要になります。つまり、あらゆる感覚器官を通して相手から感じ、相手に感じさせているのです。クライエントの立場になれば、カウンセリング(面談)を受けるということはあらゆる感覚を通して自分をさらけ出すことになるため、人によっては非常に勇気がいることではないでしょうか。私たちが気づかなくても、相手には気づかれているという思いがあるかもしれません。
いのちの電話など「電話」では、場所の共有がなく、時間のみの共有となり、
匿名で話すことができます。電話では、まさに聴覚しか頼りになりませんが、話
し方や声の調子、間の取り方などから感情や状況を理解することができます。
メールでの相談となると、場所も時間も共有せず、書かれた文字しか頼りになるものはありません。それでも、文章の持つ意味だけでなく、空白を含めた文字から、様々な思いや状況が伝わってきます。
面談であれ、電話であれ、メールであれ、使える全ての感覚器官を通して、全身全霊を傾けて、つまり心から「聴く」ということが重要なのだと思います。
(佐々木)
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「精神対話士について」 H13年12月1日 第23号に掲載
精神対話士という資格があって、お年寄りの話し相手として重宝されているということがテレビで紹介されていました。精神対話士はメンタルケア協会が認定している資格で、全国で380名ほどが活躍しているそうですが、よく聞いてみると心理カウンセラーの「人の話を聞く」という態度だけを実践する仕事のようです。話しを聞くだけで、決してああしろこうしろとは言わないというのです。セミナーに出席して資格を得られるということ、あくまでも聞き役に徹するということが受けているようです。
しかし、なぜ心理カウンセラーではいけないのでしょうか。意図的なのか、本当に知らないのかわかりませんが、そこにはいくつかの誤解が感じられます。まず、精神対話士は「聞き役に徹する」ことがカウンセラーと違うというような説明がされていましたが、「聞き役に徹する」というのなら、ロジャースを学んだカウンセラーなら最も得意とするところでしょう。しかし、そこではカウンセラーは「生き方についてアドバイスする」ものであると考えているようです。(実際に人生相談的なアドバイスをする心理カウンセラーもいるのでしょう)クライエント(依頼者)ということばにも、悩みをなんとかしてほしいと願っている人とか心の病気を治してほしい人というイメージがあって受け入れられていないように思えます。
あくまでも、一般社会では「お年寄りや障害者のケア」として「話しを聞いて
くれる人」が求められているのであって、カウンセラーとクライエントという関
係が求められているわけではないのです。これは社会や放送局の認識不足という
こともあるのでしょうが、もっとも注目したい点は、実際にある「お年寄りや障
害者のケア」として「話しを聞いてくれる人」が求められていることを認識し、
その関係だけに注目して、メンタルケア協会が「精神対話士」という資格を作っ
て需要に対応しようとしていることです。
これは営業的におこなっていることでしょうけれども、今後のカウンセラーやそれに類する仕事のあり方について、大いに注目すべきことです。現在、臨床心理士や心理カウンセラーといった心理関係の資格は、民間の学校や団体・学会などが発行していますが、単に資格を発行するだけでなく、同時にその資格の権威を高める努力、資格が生かせる環境作りがなされないと、資格の発行そのものの意味が問われることになるでしょう。(佐々木)
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「カウンセリングではなぜアドバイスしないのか」 H13年12月16日 第24号に掲載
カウンセリングはクライエント本人に答えを気づかせ、アドバイスをしないということが常識的になっていますが、本当にそうなのでしょうか。クライエントが答えを望んでいる場合にも、本当に答えを与えてはいけないのでしょうか。
クライエントが「トイレはどこですか?」と聞いているのに、「そうですか、あなたはトイレに行きたい気分なんですね」と応えるなどと、ロジェリアン(ロジャース信奉者)が揶揄されることがありますが、これらは冗談としても、どうしてそのように言われてしまうのでしょうか。やはり、ロジャースを学び始めたばかりの人は、話しの中身よりもそれにまつわる感情を聞くということにこだわり過ぎる傾向があるからなのでしょう。
来談者中心療法以外の様々な心理療法を勉強すると、具体的なアドバイスを与
えるものも色々あるということがわかってきます。来談者の話はそこそこにしか
聞かず、逆に質問責めにしてしまうような療法さえあるのです。
つまり、「話しを聞く」ということはカウンセリングの基本姿勢だとは思うのですが、もっと根底には「クライエントに誠実に対応しようとする」ことがあるのではないでしょうか。カウンセリングの代表選手である来談者中心療法は、人間性を重視しているため、勉強すればするほど、多様な人間性を知れば知るほど、人間の奥深さを理解することとなり、安易にどうすればよいかを指示できなくなるというのが本当のところではないでしょうか。安易にアドバスをすることが不誠実な態度であると思えるようになるのではないでしょうか。
私自身は、来談者中心療法だけでなく様々な技法も取り入れたいと考えていますので、クライエントが具体的にアドバイスを求めている場合には、柔軟に考えたいと思います。他の精通している分野からアドバイスできる場合には、これも含めて考えたいと思います。これではカウンセリングではないと言われようが、これがクライエントに対する誠実な態度だと思うからです。(佐々木)
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「年頭にあたって」 H14年1月1日 第25号に掲載
サイコロネットは、昨年の9月から一般にメールマガジン及びホームページを公開したのですが、実はちょうど1年前の1月から現世話人が集まって、サイコロネットの構想を練り始めました。私たち世話人は、同じ臨床心理の学校に通っており、すでに卒業も近づいていましたから、卒業後、どのように臨床体験を積み、知識と経験を実社会に生かしていこうかと考えたのです。それから、毎週、授業の前に集まり、将来について話しあいました。メールマガジンによってPRすることを前提に、毎回の話し合いの報告をメルマガ形式で発行し、メルマガの経験を積むこともしました。名前もサイコロネットに決まり、活動内容もほぼ決まって、4月には(財)日本カウンセリングセンターの水野先生にお願いして、第1回目のカウンセリング・セミナーを開催することができました。その後、このセミナーは毎月行われており、1月で第10回目を数えることとなりました。メルマガも今回で25号目となり、1/1現在、読者数は541名となっています。この他に昨年は、メール相談・メールカウンセリング、会員が講師となる研究会を開始し、読売新聞に会員募集の情報を掲載してもらいました。
今年は、臨床心理あるいはカウンセリングを勉強している人達のいっそうの組織化をはかり、さらに一般の方々にも参加していただけるイベントを企画したいと思います。具体的には、ホームページのPR・メルマガのPRにより会員数を増やすこと、一般の方々を対象にした癒しの会を発足し、サイコロネットとの連携により臨床の場作りを開始すること、他のサークルと連携を深めること、メールカウンセリング講座のメールマガジンを発行することなどですが、やることが沢山あって、非常に楽しみな年になりそうです。(佐々木)
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「癒しの会」 H14年1月16日 第26号
世の中には、同じ悩みを持つ人たちの会がたくさんあります。伴侶を亡くした人たちの会はもちろん、難病の人たちの会、酒乱の人の会、うつ病の人の会、重い病気を持つ家族の人の会、等々、数え上げればきりがありません。ここで会員は悩みに押しつぶされないよう支えあい、癒しを求めています。ホームページ上でも、心に悩みを持つ人のためのメールマガジンや掲示板はたくさん見つけることができます。
ところが、これらの会は、必ずしもうまく機能しているものばかりとは限らないようです。私の母は今年81歳になるのですが、誘われて地元の老人会に入ったところ、年より臭い人ばかりで面白くないのでやめてしまったとのことでした。これは一体何を物語っているのでしょうか。
現状に満足し、自己憐憫と同情の世界に生きている人にとっては、同じような境遇にいる人たちとの交流は、ぬくぬくとして気持ちよいものなのでしょう。しかし、これからの人生を積極的に楽しく生きようとしている人にとっては、返って負担になってしまいます。私の母にとっては賢明な選択だったのでしょう。
悩んでいる人が、悩んでいる人の話しを聞くということにも辛いものがあります。共感は非常にしやすいのですが、自分のキズもいつまでも疼くことになります。やはり、そこは聴く訓練を受けた専門のカウンセラーに登場願いたいものです。
ということで、サイコロネットが癒しの部分に関わるシステムの出番になるのです。癒しの会の会員は、同じ悩みを持つ人からは、一人ではないという安心感と励みが得られます。サポートするカウンセラーからは癒しが得られます。一方、サポートするカウンセラーは、まだ勉強中のインターンが担当しますが、今までの勉強の成果を試す経験の場となるのです。そして、癒しのためのグループセミナーやレクレーションその他の活動を通して、新しい出会いが得られるのです。(佐々木)
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「立正大学のシンポジウム参加報告」 H14年2月1日 第27号に掲載
1月26日(土)に立正大学の心理学部創設記念シンポジウムに行ってきました。河合隼雄氏の講演とパネルディスカッションがあるということで、12時30分開演、12時開場のところ、早いつもりで12時5分に会場に到着したのですが....600人入る講堂はすでに満杯、立ち見の人もいました。モニタールームへどうぞということだったので、400人入るという4階のモニタールームへ人の流れに乗って行ってみると、すでにそこも人で一杯。かろうじて後ろの方に座ることはできましたが、その後も続々と人が来て、12時10分には通路も立ち見の人で一杯になってしまいました。その後に来た人は、モニタールームにも入れなかったのです。何ともすごい人気ですね。もちろん、河合隼雄氏がです。
さて、肝心の講演の方ですが、「21世紀は心の時代」というタイトルで、科学技術が急速に進歩し、何でも早く簡単にできるようになったが、人々は人間関係も同様に簡単に済まそうとするようになり、歪みが生じている、21世紀はもっと心を大事にしなければならない、というような内容でした。内容そのものは、当たり前の誰でも言いそうなことでしたが、一言一句聞き漏らすまいとするかのように、聴衆は聞き入っていました。これがカリスマ性というものでしょうか。
パネルディスカッションの方は、立正大学心理学部に就任予定の先生がメインで、それぞれの立場からの現状報告や意見を述べるということに時間が取られ、実際にディスカッションをするというような内容ではありませんでした。
昔は見向きもされなかった心理学も、最近は学生に大変人気があるそうですが、このシンポジウムを見ていても、そうとう社会の関心が高まっていると思わされました。ただ、社会の受け入れ態勢がまだまだできておらず、経済的な面での待遇がこれからの分野なので、まだまだ苦労は続きそうです。(佐々木)
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「映画ガイアシンフォニーを観て感じたこと」 H14年2月16日 第28号に掲載
NPO「すぎなみ環境保全フォーラム」副代表で「地球交響曲第4番」上映会実行委員長である友人からお誘いを受けたので、先日、「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第4番」を観てきました。まず、驚いたことに会場である杉並公会堂が満員(約800名の観客があったそうです)であったことです。このような上映会に行くことがあまりないので何とも言えないのですが、環境問題についての市民の意識の高さの表れではないかと思いました。
内容は、「大自然とともに生きながら、偉大な功績を残している人」へのインタビューとその紹介映像というシンプルなものなのですが、非常に感動的で、映画が完全に終了するまで席を立つ人は誰もいませんでした。最後の一コマが消えたときには、会場から拍手がわき起こりました。
出演者は、地球は一つの大きな生命体である、という「ガイア理論」の創始者のジェームズ・ラブロック氏、野生チンパンジーの研究家で野生生物の保護・熱帯雨林の保護活動をしているジェーン・グドール氏、人が恐れるような巨大な波を楽しむビッグ・ウェイブ・サーファーのジェリー・ロペス氏、沖縄の自然の中で育ち、地球と会話する回路を次々と開き、フト気づくと版画家になっていたという名嘉
睦稔(なか ぼくねん)氏の4人で、いずれも大自然を愛し、地球を一つの生命体ととらえている姿が映し出されていました。そこには、大自然を征服しようとか、思い通りのものに変えようというおごった気持ちは微塵もなく、完全に心を開き、自然と一体となってただ飄々と生きていることが印象的でした。
地球、すなわち一個の生命体に対して心を開くということがどういうことなのか、心を開くとどうなるのか、一人の人間、すなわち一個の生命体に対して心を開くということを課題にしている私にとって、とても示唆に富んだ内容でした。心を開いた人というものは、私だけでなく沢山の人に感動を与えるもののようです。それは、多くの人が心を開きたいと思っているからなのでしょう。(佐々木)
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「うつ病についての情報」 H14年3月1日 第29号に掲載
先日、(財)東京都精神医学総合研究所主催の都民講座「うつ病と自殺」に行って来たのですが、平日の昼間にもかかわらず、会場の津田ホールは満員の人で、800人位の来場者があったのではないでしょうか。精神研の都民講座は毎年メインテーマを決めて、各6回に分けておこなわれているようです。今年度は「現代のうつ病の理解と治療」というテーマで、今回の「うつ病と自殺」は今年度最後の6回目ということでした。いままではこれほどの入場者はなかったようですから、いかに「うつ病と自殺」というテーマに都民の関心が深いかということでしょう。
日本における自殺者は、1990年代後半から急増し、1998年から3年連続して3万人台をはるかに超えるという緊急な状態が続いています。これは世界的にみても非常に高い自殺率です。特に男性は女性の2倍以上であり、中高年の男性が最も危険な状態にあります。これは経済不況と密接に結びついているのは言うまでもありません。
うつ病は「心の風邪」とも言われているように、非常にポピュラーな病気で3〜5%の人がうつ病にかかっていると言われています。また、男性より女性の方がかかりやすく、20%の女性が一生涯に一度はかかると言われています。一方、非常に治りやすい病気でもあり、70%の人は抗うつ剤で治ると言われています。ほうっておいても治ることがありますが、逆にひどくなると自殺することがあるという恐い病気でもあります。
いまだに精神科で治療を受けることに対して偏見があり、お金を払ってカウン
セリングを受けるという価値観も育っていないため、多くの人が一人で悶々と悩
んでいるというのが現状ではないでしょうか。うつ病になると、病院に行こうと
いう気力も失われてしまいます。できるだけ早く、周囲の人が気づいてあげ、治
療を受けられるよう援助することが大切です。
うつ病には次のような特徴があります。
1)抑うつ気分が続く 2)活動への興味・喜びが減少する 3)食欲の著しい増加・減退 4)不眠または睡眠過剰 5)落ち着きのなさ、動作緩慢 6)気力の減退・喪失 7)無価値感や罪責感を持つ 8)決断困難、思考力・集中力の減退 9)死・自殺について考える
精神症状が出ずに、身体の痛み、喉の乾き、胃腸障害などの身体症状が出る場合もあります。
心理療法としては、認知療法、対人関係療法、行動療法などの現実試行的なものが有効とされ、薬物療法と心理療法の併用が効果的です。(佐々木)
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「金縛りの体験から」 H14年3月16日 第30号に掲載
最近、心霊を扱ったテレビ番組がやたらと目につきます。幽霊を見たという体験談をもとに再現フィルムを流したり、心霊写真を霊能者が解説したり、憑き物を霊能者や陰陽師がお祓いをしたりと、これでもかこれでもかと放映されています。若い人の間では結構、霊の存在を信じている人がいるようで、これはやはりテレビの影響が大きいのでしょう。一方、これらの現象を科学的に解明しようとするテレビ番組もありますし、心霊現象は迷信であるという立場から、科学的に説明している本も多数出版されています。
この心霊現象の中で、金縛りにあって幽霊を見たという人が非常にたくさんいます。金縛りは脳幹網様体が半分休んでいるという脳の生理的なメカニズムによって引き起こされることはよく知られていますが、金縛りにあって幽霊を見た人は、幽霊によって金縛りが引き起こされたと思ってしまうようです。
実は、私も数年前、金縛りにあって幽霊を見たのです。それはこのような体験でした。ある蒸し暑い夏の夜、一人で寝ていたのですが、深夜、突然目が覚めたのです。確かに意識はあるのに身体がまったく動きません。これは金縛りだなと思っていると、白い着物を着た女性が傍らにいるではありませんか。非常な恐怖心に襲われ、身体を動かそうとするのですがまったく動かせません。腕だけでもと思っても腕も動きません。それでは、指先から動かそうとしたのですが、指さえ動かすことができませんでした。まぶたを閉じようにもまぶたも動かせないのです。
幸いなことに、私はこの幽霊が非常にリアルであるにもかかわらず夢であることを知っており、その知っている意識が働いてくれたのです。実は、いま書いた体験は正確ではありません。幽霊を見てから恐怖心に襲われたのではなく、恐怖心が先におこってから幽霊が見えてきたということと、まぶたが開いていたのではなく、まぶたは閉じていたのです。(実際には、まぶたを開いて幽霊を見ていたように感じました。)そして、幽霊は自然に見えたのではなく、見えるかもしれないと思ったら、見えたのです。
夢だということがわかっていて見る夢を明晰夢(めいせきむ)というのだそうですが、ちょうど明晰夢をみている状態になっていたのです。そうでなければ、金縛りにあって幽霊を見たという心霊体験になっていたかもしれません。夢だとわかっていても恐怖心を追い払うことはできませんでしたが、やっとの思いで目を開けて夢であることが確認できました。こんな時、自律訓練法のテクニックが役に立ちます。
この金縛りの体験から、夢の成り立ち、夢のコントロール、身体のコントロール、記憶などについて大きなヒントを得ることができました。これらについてはまたいずれご紹介したいと思います。(佐々木)
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〜20号 〜30号 〜40号 〜50号 〜60号 〜70号 〜80号
〜90号 〜100号
〜110号 〜120号 〜130号 〜140号 〜150号 〜160号 〜170号
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